ゆずゆず温泉

これまでちょっと冬眠中でしたが、これからは春眠暁を覚えずで行きます(だめじゃん)。

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氷の姫と名を秘めた王子の物語(2)

☆続き物です。先に(1)をお読み下さい。

________________________________

 寝台に仰向けにくくりつけられて身動きが取れない。
 見開いた目に映るは闇ばかり。
 どこまでもどこまでも続いて、じっと見つめれば眼球を吸い出されそうな闇ばかり。
 ひたひたと迫る足音。
 ああ、来た、と思う。
 衣擦れと、重い金属を引きずる耳障りな音。
 闇の中にぎらりと光るものが生まれた。
 振りかざされる刃。

 私の上に落ちてくる。
 白くさらけ出された喉の上に。

 闇が赤く染まる。

 ――よいか皇女。
 私の首を刎ねたものが告げる。
 ――忘れるな。決して話してはならぬ。
 ――お前が謎をかける訳。お前が血を欲する訳。
 ――その真実のところを、話してはならぬ。話してはならぬ。
 ――よいか、話せば、贖えぬ。
 ――災いはもはや、一人二人の血では贖えぬ。

 話しません。
 決して誰にも言いません。

 息を送り出す胸がないので、私の口はただぱくぱくと動くばかり。
 俎上の鯉のように。

 ・・・話せません。

 私の首を刎ねたものは満足げにうなずいた。
 私の顔をしていた。

   ∽∽∽∽∽

 夢の中の痛みは目覚めたあとも追いかけてきて。
 私はしばらく寝台の上で喘いでいた。
 否、喘ぐことも叶わない、激烈な痛み。
 脂汗を流して、どれほど経ったことだろう。
 不意に嘘のように苦痛が消える。
 ようやく息が出来る。
 のろのろと身を起こした。
 寝台を下りて、鏡に向かう。
 そっと夜着をはだけた。
 首のまわりをぐるりと赤い線が走っていた。
 まだ新しい血の色をしている。
 何本目になるだろう。
 一人の首が落ちるたび、私の首も落とされる。
 数えきれなかった。
 幾本もの線がくっついて太い一本の線になっているところもあるからだ。

 この傷痕を晒したならば、私を得ようと思う者はいなくなるのだろうか。

 だがそれも叶わない。
 どんな弾みで秘密が漏れるかわからないからだ。
 そんなことになれば――。
 ぞくりと身が震える。
 背筋を冷たい手で撫でられたようだった。

 襟元を元通りかき合わせる。
 その指が震えていた。

   ∽∽∽∽∽

 男は私を真っ直ぐに見つめていた。
 皇帝の最後の慈悲、最後の忠告をもはねのけて、彼の前に姿を現した私をただ真っ直ぐに見つめていた。

 不思議と、心がざわめいた。

 何故だろう。
 今まで私に求婚した幾人もの男と比べて、とりたてて変わるところはないはずだ。
 容姿は確かに整ってはいるが、際だっている訳ではない。

 ただその目が。
 不思議な光を放っている。

 ――しかし謎に答えられねば、やがてその目も濁った球体になるだけのこと。

 私は胸の内で首を振り、常の通り「私が謎をかける理由」を述べた。
 先祖ロ・ウ・リンが異国の者に穢され命を落とした。
 その仇討ちの為に私はこのようなことをするのだと。
 決してこの身を穢させぬと。

 男はただ黙って私を見つめていた。
 どこまでも真っ直ぐな瞳で。
 私は一つめの謎を読み上げた。

「闇の夜に虹色の幻が舞う。
 それは高く昇り、翼をひろげる、
 暗い無数の人々の上に!
 世の皆、それを呼び、
 世の皆、それを求める!
 だがその幻は暁とともに消える、
 心のうちに蘇るため!
 それは夜毎に生まれ
 日毎に死にゆく!」

 男の表情に不思議な色が差した。
 一瞬の――安堵。
 そしてそれは今にも泣きそうな笑顔に変わる。

「そう! 蘇る!
 蘇り、歓喜へと
 自ら伴い私を連れゆく、
 『希望』が!」

 言い当てられた。
 眩暈がした。
 誰も――誰にも答えられなかった謎を、やすやすと解き明かされた。
 まるで最初から答えを知っていたかのように。

 膝が微かに震えた。
 もしも三つとも謎を解かれてしまったら――。
 いや、まだ二つある。
 私は震えに気づかれぬように声を張り上げた。

「いかにも! 常に落胆招く希望!」

 そう、希望は、抱くだけ無駄なのだ。
 叶えられることなど決してない。
 この男が三つの謎を解くことは、あり得ない。
 私は二つめの謎を口にした。

「炎同様に跳ね飛ぶが
 それで炎ではない!
 時に熱狂である!
 たぎる熱であり熱気である!
 無気力はそれを澱みに変える!
 人が破れ、あるいは死ねば、冷たくなる!
 人が征服を夢見るなら、燃え上がる!
 人が不安のうちに耳傾ける声を持ち、
 また夕暮れの鮮やかな輝きをもつ!」

「いかにも、皇女よ!
 燃え上がり、同時に憔悴する、
 貴女が私を見ると、血管の中で、
 『血潮』が!」

 また――。
 また、解かれた。

 賢者たちが答えの巻物を誇らしげに読み上げる。
 民たちが湧きあがる。
 何がそんなに嬉しいものか。
 謎を、謎を解かれたら、贄を捧げられぬ。
 捧げられねば――この国は滅びるのに。

 男の目は私を見つめている。
 私の心の奥まで見透かすように。
 たまらずに一歩二歩と踏み出した。
 知らずそばへ寄っていた。
 すると男がひざまずき、目線が下へそれた。
 それで私は、ようやく三つ目の――最後の謎を口に出すことが出来た。

「人に火を与える氷、
 してその火より
 なおいっそうの冷たさを得る!
 純白にして暗い!
 もし人を自由にと望めば、
 いっそう僕となす!
 人を僕として受け入れれば、
 王者となす!」

 男は一瞬、息をのんだ。
 私も息をのむ。
 わからないのか。
 この謎は解けないのか。
 希望や血潮を知っていても、この氷の真の名は知らぬのか。
 ――知らぬのか。
 わからぬのか。

 男は、微笑んだ。
 勝ち誇ったような笑いではなく、今にも泣き出しそうな笑顔だった。

「私の火は貴女を溶かす、
 『トゥーランドット』を」

 また、名前を呼ばれた。
 ――否、男は謎を解いたのだ。
 賢者が最後の巻物をひろげ、正解を確かめる。
 民が湧く。
 怒濤のように、地響きのように、民が湧く。
 国の礎を揺るがして民が湧く。

「天子様! 父君陛下! なりませぬ!」

 私は叫んだ。
 私を彼に与えないでくれと叫んだ。
 懇願した。
 だがそれは聞き入れられない。

「誓いは神聖である」
 厳かに皇帝は言った。

 誰も知らないのだ。
 私が何故求婚者に謎をかけてきたか。
 何故その首を刎ね血を流させてきたのか。
 何故私が誰の手にも落ちてはいけないのか。
 私の中の秘密は、誰にも触れさせてはいけない。
 誰にも打ち明けられない。
 
 がくがくと瘧にかかったように体中が震えた。
 あの凶作が。
 あの火事が。
 また起こる。
 それ以上の災いが。
 国を襲う。
 それは確信だった。
 
 私の顔をした暗い何かが、人々の首を刎ね、車で無惨に轢き潰し、火を放ち、女を犯し男を八つ裂きにし。
 笑いながら、わらいながら。
 この国を。
 この民を。
 賢者を。大臣を。侍女たちを。
 父君を。

 そして、この男をも。

 男はまだ私を見つめていた。
 その瞳に、熱があった。
 氷を溶かすような熱が。

 思わず叫んでいた。
「そなた、そなたは私を望むのか? 力ずくでその腕の中に――私がこんなにも嫌がり、身震いしているのに!」

 こわい。
 こわい。
 こわい。

 誰か助けて。
 誰か――
 
 ああ、私は
 まだこの男の
 名前を知らない――

「誇り高き皇女よ」
 男が静かに口を開いた。
「私は望んでいます。嫌がり怯え、震える貴女ではなく、全身愛に燃える貴女を」
 その声は朗々と響いた。
 不思議なうねりを持っていた。
「三つの謎を貴女は私に課し、その三つを私は解いた。私は貴女に一つだけそれを課すとします」
 何を言い出すのか、と一瞬人々が静まる。

「貴女は私の名前をご存じない。私に私の名を告げなさい。夜明けまでに。さすれば夜明けに私は死ぬと致します」

 それは謎。
 謎は誓約。
 解けなければ失われる。
 数多の血が。
 数多の命が。

<続く>
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Author:百賀ゆずは
昭和生まれ おうし座A型。
好きな食べ物は最後までとっとくタイプ。
別に好きじゃないけど長期休みの宿題は最終日までとっとくタイプ。

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