ゆずゆず温泉

これまでちょっと冬眠中でしたが、これからは春眠暁を覚えずで行きます(だめじゃん)。

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氷の姫と名を秘めた王子の物語(3)

☆続き物です。先に(1)(2)をお読み下さい。

________________________________

「今夜、北京にては誰も眠ってはならぬ」
 伝令役人たちが触れ回る声が街中に響く。
「かの者の名前が知らされるまで、誰も眠ってはならぬ、眠ってはならぬ」
 眠ってはならぬ、眠ってはならぬ・・・。
 こだまのように、同じ言葉が広がっていく。

 何人なりとも眠ってはならぬ。

   ∽∽∽∽∽

 不安が私を苛んでいた。
 恐怖、という方がふさわしいかも知れない。
 部屋に閉じこもっていると、泣き喚きそうになる。
 だが泣き喚いても誰も私を赦してはくれない。

 名前。

 名前。

 あの者の名前。

 真っ直ぐな目で私を見た。
 炎のような目をしていた。
 整った顔立ち。
 私に求婚出来るからには、どこかの国の王子であることには間違いがない。
 だが、宮殿内で甘やかされて育った者とは違う、ある種の精悍さがあった。
 その手は大きく、節張っていて、肩幅が広かった。
 謎に答えた時の深い声。
 自信と・・・その奥に覗いていたあれはなんだったのだろう。
 何故だか今にも泣き出しそうだと、一度ならず感じた。
 彼もまた恐怖していたのだろうか、命を賭した謎解きに。
 いや、――いや、違う。
 答えがわかったそのあとで、彼は顔を歪めたのだ。
 私を見て。
 目を微かに細めて――。

 「トゥーランドット」

 不意にあの男の声が耳に蘇る。

 びくりとした。
 思わず辺りをうかがう。
 誰もいない部屋は夜の闇に蒼く暗く、冷えていた。
 息苦しい。

 恐怖が、また胸を締め付ける。
 ――そして、たった今まで恐怖を忘れていたことに気がついて愕然とする。
 私は今何を考えていた?
 あの男のことを・・・?

 違う。
 私が考えていたのはかの者の名前。
 私が解き明かさなければならない、謎の答え。

 窓の外を見る。
 暗い夜空に星が瞬いていた。
 ちらちらと、ちらちらと、私を誘うように。

 ――遠い昔、これと同じ星を見たことがあったような気がする・・・。

 部屋の戸が叩かれた。
「姫様、姫様」
 侍女が私を呼ぶ。
「お庭へおいで下さい。かの男の名を知る者、捉えましてございます」

   ∽∽∽∽∽

 庭に出てみると、多くの民が集まっていた。
 中央に老人と女がいた。
 警吏たちの一団に取り囲まれたその姿は、血まみれで、痣だらけで、ぐったりとしていた。
 相当に痛めつけられたに違いない。
 ――だが。
 まだ命に別状がある程ではない。
 体の部分のどこも欠いてはおらぬ。
 私はひどく冷静にそれを判断した。

「これらの者、昨夜かの男と話しておりました」
「違う! その者らと私は通じてはおらぬ!」
 家臣からの報告を遮ったのは紛れもなくあの男の声だった。
 警吏たちに数人がかりで取り押さえられ、もがきながら、二人を話せと叫んでいる。
 ――愚かな。
 その取り乱しようは、どんな言葉よりも雄弁に、この者らがあの男にとって親密な関係にあることを示していた。
「姫君」
 大臣の一人がひざまずいて言う。
「未知なる者の名は閉ざされております。この無言の二つの口中に」
 ――ですがあれらの歯を抜く鉄具がございます。
 ――またその名を引き出す鉤もございます。
 拷問をほのめかせば、あの男の顔がみるみる青ざめていく。

 世の中には、自らが痛めつけられる事には耐えられても、大事な者が傷つけられることには弱い者があると聞く。
 この男もその類なのかも知れぬ。
 ならば・・・この老人と女を殺すと脅せば、あるいは目の前でもう少し痛めつければ、この男は自ら口を開くのではないだろうか。
 結果、命を落とすことになろうとも、自らの名を告げるのではないだろうか。
 私にかけた謎の答えを――。

 私は唇を歪めて見せた。
「そなた、蒼白であるぞ、異国の者よ」
 すると男は毅然とした態度を取り戻した。
「いいえ、それは貴女が――貴女がそうであることを望んでいるからです。――私はあのような者たちを知りませぬ」
「そうか・・・ならば試してみよう」
 私は老人に目を向けた。
 旅の姿に身をやつし、体中痣と血にまみれてはいたが、その面差しはどこか男に似ていた。
 ただ、その目は閉ざされていて、男と同じ熱と光を持ってはいなかった。
「さあ、話せ老人! ・・・私は、あれが語るのを望んでおる」
 その一言で意を汲んで、警吏たちは老人を酷く取り押さえる。
 老人の口からうめきが漏れた。
「さあ、あの者の名を!」

   ∽∽∽∽∽

「皆様がお求めの名はあたしだけが知っております」

   ∽∽∽∽∽

 それまでうずくまっていた女が私の目の前に進み出てきた。
 老人と――男とを、私からかばうように。
 痩せた女だった。
 髪はほつれ、服は破れ、顔は泥と埃にまみれていた。
 だがその目だけは、震えながらも爛々と輝いていた。
 一瞬気圧される。

「おまえは何も知ってはおらぬ! 奴隷女め!」

 男の声が、私を呼び戻した。
 その必死な叫び。
 女を卑しめる呼び名の裏に、見え隠れする親愛の情。

 私の中で、引き潮が起こった。
 血が、音を立ててどこかへ流れていった。
 頭の芯が妙に冷えて、喉が疼いた。

「あたしはこの方の名を存じています」
 女は繰り返した。その声はおののいていたが、誇らしげでもあった。
「あたしには無上の喜びでございます。――他の誰にも、この名は告げませぬ。あたし一人がそれを胸に秘め、抱いております」
 その宣言に、民がざわめく。
 彼の名を知ってはいるが、明かさない。
 そう女は断言した。
 名が明かされぬ限り、命を落とすのは民たちの方だ。
「縛り上げちまえ!」
 誰かが喚いた。
 それを皮切りに、誰もが口々に喚き立てた。
「拷問だ!」
「口を割らせろ!」
「くたばれ!」

 うねる。
 毒々しい呪いの言葉たち。
 ほんの数刻前に男の謎解きを称え、私がその手に落ちることを言祝いだ同じ口で。
 女を痛めつけることを望む。
 
 頭が割れそうだった。
 夜の闇より黒いものが、私の皮膚をこじ開けて私の中に入ってこようとしている。
 そうだ。
 痛めつけろ。
 口を割らせろ。
 謎を。
 あの男の名前を。

 おまえ一人が知っているなどと、誇らしげに語るでない――。

「やめろ!」
 女の前にあの男が身を置く。
 彼女をかばうために。
「この女を痛めつけても何もならぬ。涙の報いを、痛みの報いを受けるだけだぞ!」

 男の目に、炎があった。
 ほんの数刻前には私一人に向けられていた炎。
 だが今、男はその背に女をかばっている。
 炎は私を溶かすためではなく、私を拒むために燃えさかっている。

「その男を押さえおけ!」

 警吏たちが男を取り押さえた。
 足を縛られ、腕を押さえられ、身動きが取れなくなる。
 そうだ、それでいい。
 この女が痛めつけられるのを見ているがいい。

「ご主人様、口は割りません!」
 警吏に押さえつけられ、跪かされながら、それでも女は叫ぶ。
「さあ、あれの名を」
 大臣が迫る。
「――おやめください」
「あれの名を!」
「このはしためは許しを乞いはしても、仰せに添うことは出来ません! ――ああ!」
 女の口から悲鳴が上がった。
 警吏に腕をひねり上げられたのだ。
「リュー! 何故悲鳴を上げる?」
 ぼろ布のようにぐったりとしていた老人が、その声にはっとする。見えぬ目を向ける。

「その女を放せ!」
 あの男が、叫んだ。

「いいえ・・・いいえ、何でもありません。悲鳴など上げてはおりません」
 荒い息を吐きながら、女は言った。
 ・・・痛みに耐える者の息遣いだ。
 私はそれをよく知っていた。
 首を落とされる夢を見るたび夜明けの部屋にこもる、私の息遣いによく似ていた。
 聞いているとそれが思い出されて、今は襟に隠された首の周りに痛みが走った。

「・・・放してやるよう」
 だから、こう言ったのは決して女を哀れんだからではない。
 私自身が、蘇る痛みに耐えられなかっただけのこと。
 警吏が女の腕を解放した。
 女は自らを抱きしめるようにくずおれた。

「申せ」
 私は女に言った。
 話してしまえば、楽になる。
 痛みに耐えて秘密を胸に留め置いたとて、誰がお前を褒めるのだ。労るのだ、慰めるのだ。
 誰も感謝などしない。
 咎め、恐れ、蔑むことがあったとしても。
 愛されることなど決してないのだ。
 話してしまえ。

 だが女は顔すら上げなかった。
「・・・それよりいっそ、死にましょう」

 そうだ、いっそ死ねたなら。
 誰の命を奪うこともなく、自らの苦痛を終わらせられるなら。
 秘密を胸に抱いたまま、闇に還っていけたなら。

 ふと、鏡を見ている気分になった。
 不思議だった。
 私とは似ても似つかぬこの女が、私に重なって見えた。
 怯え、震えながらも、痛みに耐え、譲れぬ何かを腕に抱えて――。

 だがこの女は私ではない。
 かの先祖の力を身に宿す、呪われた生まれの私ではない。。
 なのに、何故――。

「いずれの者がそれほどの力、そちの心に与えた?」
 思わず問うていた。
 すると女は俯いていた顔を上げて、言った。

「皇女様、愛にございます」

   ∽∽∽∽∽

 女は語った。
 自らが黙することでかの男に贈り物が出来るのだと。
 彼が氷の皇女を手に入れられると。
 自らは何もかもを失うが、それでも構わない。

「あたしに痛みを、苦しみを与えるといい」
 女は決然と言い放った。
「それだけが、全てを失ったあとのあたしに残されるものですから」

 その時私の血は冷えきって、凍り付いていた。
 全てを失う?
 何を言うのだ。
 おまえは持っている。
 たとえ死すとも、おまえは持っている。
 あの男の秘密を。
 あの男の名を。
 私にかけられた謎の答えを。

 持っている、持っている、持っている。
 その胸に――秘めたままで。

 警吏に捉えられたまま、あの男が女を見つめていた。

「女から秘密を引き出せ!」

 叫んだ。
 もうめちゃくちゃにしてしまいたかった。
 その胸に刃を突き立て心臓を抉りだし、その秘密を暴いてしまいたかった。
 皮膚を剥き、体中をひっくり返して、一欠片も、一滴も、、残さずにこの女から奪ってしまいたかった。
 私が持っていないもの。
 私が手に入れられないもの。
 あの男の――あの男の――。

「よせ! やめろ!!」
 男が必死に止めるのも、もう気にならない。

「首切り人を呼べ」
「拷問にかけられてしまえ」
「言え」
「痛めつけろ」
 人々の、金切り声。
 ――だがそれは本当に民の声か?
 あまりにも・・・私の心に・・・似すぎている。

 求めに応じるように、首切り人が現れた。
 それだけで空気の中に血の匂いが立ちこめた気がした。
 女の顔から血の気が引いた。
 体の震えは目に見えてわかる程に大きく、がちがちと歯が鳴っているのも聞こえた。
 だが食いしばりこそすれ、女は秘密を明かすために口を開きはしなかった。

「・・・皇女様、お聞き下さい」
「今となっては命乞いは聞かぬ。おまえが口にしてよいのはあの男の名前だけだ」
「――氷のような皇女様。ですがあなたもあの方の炎の前に、あの方を愛するようになるでしょう」
「戯言はもうよい!」
「間もなく夜明けです。あたしは目を疲れて閉じます。あの方がまたお勝ちになるために・・・もうあの方を見ずにすむように・・・」

 不意に女が動いた。
 そばにいた兵士から短剣を奪い、

 自らの胸に、突き立てた。

<続く>
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Author:百賀ゆずは
昭和生まれ おうし座A型。
好きな食べ物は最後までとっとくタイプ。
別に好きじゃないけど長期休みの宿題は最終日までとっとくタイプ。

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