ゆずゆず温泉

これまでちょっと冬眠中でしたが、これからは春眠暁を覚えずで行きます(だめじゃん)。

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氷の姫と名を秘めた王子の物語(4)

☆続き物です。先に(1)(2)(3)をお読み下さい。

________________________________

 西の空に月が沈もうとしていた。
 真円よりもやや欠けた月。

 女の遺骸は運ばれていった。
 老人がその手に取りすがって泣いていた。
 大臣も、民人も、警吏ですら、その死におののき、その死を悲しみ、その死を悼んだ。


 葬列はやがて見えなくなった。
 静けさだけが残った。






 ・・・死んだ。
 自らの手で、命を絶った。






 私が、殺した。




   ∽∽∽∽∽

 何を今更怯えている?
 おまえは幾人もの男をその手にかけてきたではないか。
 首を刎ねてきたではないか。
 大地に血を注いできたではないか。

 それは。
 それは、そうするしかなかったから。
 そうしなければ・・・滅びると。

 誰が言った。
 あの影が。
 影とは何だ。
 ロ・ウ・リン。そして、その中に封じられていたもの。
 今は私の中にあるもの。

 私の顔を――しているもの。

 私の顔をしたものに突き動かされて、私は何人もの命を奪ってきた。
 私の顔をしてはいるけれども、それは私ではないと思っていた。
 だがいったい、私の顔をしているものが私以外の何だというのだ。

 つい先刻、女を責め、詰り、首切り人にその身を痛めつけさせようとしたのは誰だ?
 私だ。
 私の顔、私の声、私の体。
 それは紛れもなく私。

 そして私が。
 あの女を殺した。

   ∽∽∽∽∽

「皇女よ。氷の皇女よ」

 あの男の声がした。
 呼んでいる。「皇女」を。
 死をもたらす不吉の皇女を。呪われた皇女を。

 姿は見えない。
 顔の前にかけられた薄絹が視界を遮っている。
 あの女の呪いから身を守るために、侍女たちが調えてくれた。
 呪い・・・。
 これ以上呪われることなどあるのだろうか。
 私そのものが呪いであるものを。

「降りておいでなさい。この地上へ。その薄絹をまくりなさい」
 言葉とともに視界が開けた。
 男の手が、薄絹を取り払った。

「私に触れるな」

 声は震えてなどいなかった。
 低く、険しく、厳かですらあった。

「私は天上の乙女。この身を穢すことは叶わぬ」
 私は大地の呪い。浄められることの叶わぬ。
「よしんばこの身に触れることが出来ても、魂までは手が届かぬ」
 よしんばこの身が朽ちることがあっても、魂だけは救われぬ。
「私は・・・」

「貴女は貴女だ、トゥーランドット」

 名前を、呼ばれた。

 皇女、ではなく。

 トゥーランドット、と。

「確かに私には、貴女を穢すことは叶わないかも知れない。――また」
 男は微かに笑んだ。
 また、泣きそうな顔をしているのだろうかと頭のどこかで思った。
「貴女を救うことも出来ないかも知れない。だが」
 不意に体が熱くなった。
 男が私を抱き寄せたのだ。
「だが、今こうして貴女を抱きしめることは出来る」
 血潮を感じた。
 たぎる熱、そして熱気――。
「――離せ!!」
 必死でもがいた。
 けれど男の力は強く、逃れられなかった。
 あまりの熱さに触れた箇所に痛みを感じる。
 息が苦しかった。
「トゥーランドット」
 男は、言葉でも私を抱きしめた。
「そして今、私は貴女の名を呼べる。トゥーランドット、トゥーランドット、トゥーランドット」
 三度、男は私の名を繰り返した。
 昨晩銅鑼を叩いた時のように。
 けれどそれより優しい声で。

「私はずっと、貴女をさがしていた」
 そして彼の唇が、私のそれと重なった。

   ∽∽∽∽∽

 その少年は、心の中にもう一つの耳を持っていた。
 口に出さぬ言葉が聞こえた。
 笑み交わす人たちが同時に罵りあっていたり、優しい言葉をかける人が危害を与える隙を伺っていたり、そんなことは当たり前の光景だった。
 当たり前の光景だったが、それを口にしてはいけないのだということを、少年は物心つく前に学んでもいた。

 また少年は、ある程度人を操れた。
 心の声が聞こえるので、相手の真意や欲望を探ることは造作もないことであったし、本気で願えば命を狙ってきた人間を、逆に自分の身を守る盾に変えることも出来た。

 大変に便利な力だった。
 彼が生まれついた立場は非常に不安定なもので、恐らくこの力がなければ生き延びることは叶わなかったに違いない。
 だから彼は、その力を厭わずにいようと思っていた。

 実の母が弟の方をより可愛がっていることは知っていた。
 それ故に自分を亡き者にしようと企んでいることも知っていた。
 すすめられた杯が毒であることも知っていた。
 母の心を操って、その杯を弟に飲ませた。

 心の耳は、その事件故に母の心が壊れていく様をつぶさに聞き取ってしまったけれど。
 それでも彼はその力を厭わずにいようと思っていた。

   ∽∽∽∽∽

 眠れない日が続いていた。
 眠ろうとすると、声が聞こえてくる。
 母の声だった。
 もうがりがりにやせ細っているのに、死期も近いだろうに、心の声だけは低く低く絶え間なく続いている。
 両手で耳を塞いでも、心の耳は塞げない。
 
 けれど自分は間違っていない。
 寝台の上で背を丸め、一人夜を耐える。
 息が知らず荒くなる。
 そのうちに、吸っても吸っても息苦しくて、どうしようもなくなる。
 枕に顔を押しつけて、しばらく苦しさに耐えて、ようやく常の呼吸を取り戻す。
 その繰り返し。
 その間も途切れ途切れに続く母の声。
 無駄だとわかっていても、自らの耳を突き破ってしまいたくなる。

 そんなある夜。

 ――謎を。

 その声は、不意に彼の耳に届いた。
 小さく、儚げな声。
 謎?
 思わず耳を澄ませる。

  まっくらな夜に、舞う、虹の色の・・・幻。
  高くのぼって、翼をひろげます。
  たくさんの人たちを包むように。

 たどたどしく繰り返している。
 ――そう、繰り返しているようだった。
 誰かに教えられたことを、暗記するために。

  みんなが、それを呼んでいます。
  みんなが、それを求めます。

  その幻は夜明けとともに消えてしまう、
  でも消えません。
  心のなかによみがえります。
  夜がくるたびに生まれて、
  でも、日がのぼると死んで、しまう・・・

 何だ?
 それは何だ?
 今のは何だ?

 気がつくと、朝だった。
 懸命になって聞き取っている間、母の声の呪縛から逃れることが出来た。
 結局眠れはしなかったが、気分は悪くなかった。
 こんなことは久しぶりだった。

 夜を待つ気持ちになるなんて、何年ぶりのことだろう。
 少年はそっと耳を澄ませた。
 相変わらず聞こえてくる、母の声。
 どこかで繰り広げられている、喧嘩、罵り合い、策謀。
 それでも彼は耳を澄ませた。
 もう一度聞きたい。
 あの声を聞きたい。

 ――謎を。

 聞こえた!
 叫びそうになるのをこらえる。

  まっくらな夜に舞う、虹色の幻。
  高くのぼって翼をひろげる。
  無数の人を包むように・・・。

 昨夜より少し滑らかな口調。
 鈴を振るような声だ。
 もちろん本当の音ではないけれど、本当の音よりもずっとその人間の心根を伝えるもの。

 ・・・数日が過ぎて。
 わくわくと夜を待つうちに、不意に彼はその謎の答えに思い至った。
 「希望」だ。
 夜になると生まれて、朝は消えゆく――。
 あの声を聞いている間、胸の内に燃えている「希望」。
 答えを伝えたいと思った。
 何故ならばあの声は、誰かが答えてくれるのを待っているから。
 けれど彼は、自分から声を届かせる術を知らない。

 謎、は一つだけではなかった。
 いくつもの問いを声は繰り返し、そして少年はその都度答えをさがした。
 もう、彼に答えられない謎はなかった。
 ただひとつの謎を除いて。

 この声の主は一体何者なんだろう。
 それが彼に残された最大の――そして一番知りたい謎だった。
 謎以外にもいくつかわかったことはある。
 彼女(恐らく)は常に何かに脅かされている。
 時折、ひどい痛みを受けている。
 聞いているこちらまでが死にたくなる程の痛み。
 だが、それを体験しているはずの彼女の口から、しばらくして漏れるのは何故か謝罪の言葉だった。
 何かに赦しを乞うている。
 それが余計につらくて、少年は泣いた。
 泣きながら耳を澄ませた。

   ∽∽∽∽∽

 長く患っていた母が死んだ。

   ∽∽∽∽∽

 全く悲しくなかった。
 頭の奥がかすかすと乾いて、涙など出てこない。
 ただ、眠れなかった。
 ふらふらと闇の中をさ迷った。
 ふと気づくと泉のほとりに来ていた。 
 何となく、その水に浸かりたくなった。
 別に何の意図があった訳ではない。
 ただ冷たく清らかな水に胸まで――首まで――頭のてっぺんまで、浸かりたくなったのだ。
 歩み寄ろうとした、その時。
 少年の横を「何か」がすり抜けていった。

  人に火を与える氷、

 あの声だった!
 ここ数ヶ月というもの何故か途切れがちだった、懐かしい声だった。
 少年は目をこらした。
 横をすり抜けていった何かは少女の形をしていた。
 だが、その白い影はひどく儚く、ぼんやりしていて、見つめれば見つめるほど形がわからなくなる。
 降り注ぐ月の光が、ひととき集まって作られた仮初めの姿のようにも見えた。
 
  してその火よりなおいっそうの冷たさを得る。

 少女の影は泉の縁に達して、そのまま一歩を踏み出した。
 小さな足が、水に浸かる――そのはずだった。
 だが、少女はそのまま歩いていった。
 水の上を――。

  純白にして暗い。

 よく見れば、その足下が凍っていた。
 滅多なことでは凍ることなどあり得ない泉の水が、少女が歩くのに合わせて、道を作るように凍っていった。
 泉の中央で影は立ち止まる。
 うつむいた。
 足下が凍っているのを、じっと見つめていた。

  ・・・もし人を自由にと望めば、

 ぺたん、と少女は座り込んだ。
 糸が切れたからくり人形のようだと思った。
 手が、氷を叩く。
 自分と水とを隔てる、白い障壁を叩く。

  自由にと望めば、
  ・・・いっそう僕となす。

  しもべと、しもべと、しもべと・・・

 繰り返す。
 小さな手に血が滲んでいるのが遠目でも不思議と見て取れた。

 本当はあの子は、泉に沈んでしまいたいのだ。

 そう気がついて、ぞっとした。
 駄目だ、いけない。
 いかないで、いってはだめだ。
 呼ぼうと思った。
 呼び戻そうと思った。
 彼女の名前を――名前を――

 だが少年は、その名前を知らなかった。

   ∽∽∽∽∽

 声にならない叫びで目が覚めた。
 自分の上げた悲鳴だった。
 少年はちゃんと寝台に入って、眠っていた。
 夢?
 そうかもしれない。
 だがそれは真実だということも知っていた。

 さがさなくては。

 ――決意は、しかし結果として彼の国を滅ぼした。
 焦った彼は力の使いどころを間違えた。
 人の思惑は、いかに心に耳を持っていても操りきれるものではない。
 個人を操れても、人が織りなす大きなうねりは、御しきれるものではなかった。

 彼の国は滅びた。
 王の座は簒奪された。
 大勢の民が傷つき、倒れた。
 恐怖、怨嗟、憎悪、そして断末魔。
 あまりに一時に心の声を聞いたので。
 少年の心の耳はつぶれてしまった。

   ∽∽∽∽∽

 放浪の旅は長く続いた。
 心の耳を失って、彼は自分がいかにそれに頼ってきたかを思い知った。
 心の耳なしに人の気持ちを推し量るのがどれほど難しいことか。
 だがそれもこれも全て罰なのだと思った。
 自らの欲望に目が眩み、国を滅ぼした者への。
 今ならば、母の気持ちもわかる気がした。
 どこまでも身勝手な欲望。
 けれどこれを愛と呼ぶ事も出来るのかも知れぬ。
 彼は、国を一つ滅ぼしておきながらいまだに、あの声の主のことが忘れられないのだ。
 せめてあの子の名前を知ることが出来たら。
 その名前を呼ぶことが出来たら。
 それだけが、彼の望みであった。

   ∽∽∽∽∽

 北京の都は大きく、そして異様な興奮に包まれていた。
 求婚者に謎をかけ、それが解けねば首を刎ねる皇女。

 まさかそんな、と思った。
 だが予感に心がざわめいた。

 月が昇り、皇女が高台に姿を現す。
 目を奪われた。
 間違いない、と思った。
 人々が口々にその名を呼ぶ。

 トゥーランドット。

 それが彼女の名前。

 血が沸き立った。
 老いた父の制止も、忠義なる召使いの懇願も、警吏たちの脅しも、何も彼を止められなかった。

 銅鑼を鳴らして。
 そして彼女の名を呼ぶのだ。
 あのときに呼べなかったその名前を。
 撥を振り上げる。

 夜の底を割るように、銅鑼の音声が響く。

「トゥーランドット!」
「トゥーランドット!」
「トゥーランドット!」

 彼は三度、皇女の名前を呼んだ。


<続く>
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昭和生まれ おうし座A型。
好きな食べ物は最後までとっとくタイプ。
別に好きじゃないけど長期休みの宿題は最終日までとっとくタイプ。

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